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アニメーションの散歩道

ドキュメンタリーのアニメーション活用 21世紀の資本

世の中では経済格差が拡がってきました。「上級国民」が流行語になり平民
と差がひどすぎる。なぜそんな時代になったの? その傾向を考えさせる硬派
ドキュメンタリー映画が出ました。でもこのジャンルは作者の結論ありき、ただ
プロパガンダを叫ぶ、お説教になりがち。観客は尻込み、逃げ出したくなる
ものです。
ところがこれは素晴らしい大傑作。だって面白くて大興奮。フィルムよくも集め
たり、各国の多彩な劇映画、記録映像を引用して「だからこうなったのです」、
「これでもか」と納得させる。その力量に筆者は感服。それが

 

21世紀の資本 Le Capital au XXIe sie'cle
英語訳は CAPITAL IN THE TWENTY-FIRST CENTURY
映画内のレクチャーは英語ですが仏・NZ合作、2019年。監督:ジャスティン・
ペンバートン Justin Pemberton、日本では無名のNZドキュメンタリー映画人。
原作はフランス経済学者トマ・ピケティThomas Piketty の経済学論文。小説
ではない。膨大な統計数字を分析し国民経済の動向をつかみ、ストーリー性
もあり、各国でベストセラーになりました。
その原作者がカメラに向い持論をよどみなく延々と解説。つまり観客は大学で
経済学を聴講しているような気分。しかし映像と録音は観客に理解しやすく
編集されてます。講義の脱線や息継ぎはありません、だから観客も緊張続き。
語られる内容に沿ってドキュメンタリー映画やヒットした、あるいは見逃してい
た劇映画がインサートされ、それだけでも画面に引きこまれてしまいます。
なお日本公開では広告キャプションがインチキな煽情調で誤解を招きそう。
「あなたが金持ちになるか、貧乏になるか? その答えは、この映画が教え
てくれる」。これじゃまるでお金もうけノウハウみたい。中身はそんな安っぽ
くない。アカデミックです。それでいて面白いんです。


 

21世紀の資本
中央が原作・主演のピケティ。その右が
米前大統領トランプ。先日落選後に
醜態をさらしましたね。
下段の映画スチルは「ウォール街」、
「レ・ミゼラブル」、アニメ「ザ・シンプソンズ」
「プライドと偏見」

 


格差の末に
不平等、格差拡大が革命か戦争の引き金になった。中学生以来何度も学校
で教えられた歴史授業のおさらい、それを映画の断片で見ていきます。
フランス革命では「レ・ミゼラブル」がインサート。第一次世界大戦は実写
記録映画。西部戦線に初めて登場した戦車は車体の左右全体がキャタピラで
今の車体下半分キャタピラ型とはかなり違う。それはそれで興味深い。が、
幼な児たちまで砲撃で次々と吹き飛ばされてしまう映像は悲しすぎた。なお
当時の映画とは発明されて間もないサイレント。1秒16コマのフィルム送りで
した。それが現在の標準速度にデジタル補修されてました。


貪欲は善なの?
狂騒の1920年代 Roaring 20s の記録ではアメリカのチャールストンダンス。
踊り痴れる若者たちが出てましたね。'20 年代回想映画の定番。第一次
大戦後のバブル景気の時代、アメリカは世界一の大国だ、誰でも豊かに
なり繁栄していくのだ、もっともらしく説かれていました。
その過程は株取引所を舞台にした劇映画「ウォール街」で象徴。
名迷セリフ「貪欲は善だGreed is Good 成長の基礎だ」。しかしその富の
大部分は一握りの資本家に集中されていたのです。やがて1929年、暗黒
の木曜日。株価大暴落。労働者の首切りが続き、平民はドカ貧に落ちこん
だのです。日本では昭和恐慌と呼びました。

 

この1930年代、世界大恐慌ではジョン・フォード監督の名作「怒りの葡萄」
がインサート。スタインベック原作。百姓一家が耕地を取りあげられるシー
ン。オープンカーで乗りつけた執行吏が「競売用 立ち入り禁止」の看板
を畑に打ちこむ。「私は単なる代理人だよ文句は銀行に言ってくれ」。百姓
「その銀行の親玉は誰だ、ぶっ殺してやる」役人「銀行に命令してる人が
いるんだよ」。百姓「そいつはどこにいる」。役人「東部の銀行だよ」。
上には上がいる。最終的な責任がどこにあるか、庶民にはわからない。それが
資本主義だ、ほろりと語られていた。あの映画ではBGMに民謡赤い河の谷
Red River Valley が印象的でしたが、この授業には関係ない。そこまでは
インサートされてません。


新自由主義の結果
第二次大戦後では1973年オイルショックによる物価大高騰の結果を説く。
英首相サッチャー(M. Thatcher 在任1979~1990)、米大統領レーガンR.
Reagan (在任1981~1989)が新自由主義、つまり規制廃止や自己責任
論を唱え「労働組合は既成勢力だ」と攻撃、賃上げスト闘争の組合員を
警察権力で弾圧。ここはTVニュースを利用。その結果は悲惨でした。
両国とも社会格差がより一層拡大してしまったのです。この過程は豊富
な記録映像があり、分かりやすく見せています。レーガンが選挙戦で叫
ぶ“Make America Great Again!”、支持者が熱狂。筆者は大笑い。この
フレーズ、後のトランプD. Trump(在任2017~2021)とまったく同じ。そし
て彼ら、自称愛国者が自分の祖国を一握りの大金持ちと大多数のド貧
民の国にしてしまったのです。
そんな時代でも貧しい国はもっともっと貧しいのです。空腹の貧乏人は
職を求めて豊かな米国への移住を目指す。ここではSF映画「エリジウム」
がインサートされてました。未来の地球では上流階級はスペース・コロ
ニーで優雅に暮し、貧民は地上で働いてる。貧民は天国にあこがれ密航
を企てる者もいるが、エリジウムでは反移民法で強硬に取り締まっている。
まるでトランプ政権下の米・メキシコ国境を思い起こさせます。

アニメーションで見せよう
ところがドイツと日本ではそこまでひどくなく労働者の福祉がある程度守ら
れていた。その結果、労働者の創意でよい車が作られ米市場に流れこんだの
です。この説明と映像インサートには興奮。
なんとアニメ。ごく普通のアメリカ市民の居間、テレビの画面からいきなり
セールスマンが飛び出す「あなたのお車、ニッサンです」「今日からニッサン
です」。つまり日産の米国向けTV-CM ですよ。私たち日本人は初めて見ます
ね。それよりも戦争でやっつけたはずの旧敵国、そいつらの車が栄光ある
我がUSA でのさばりだした、アメリカ権力者のうんざり顔が見えるようです。

 

 

ザ・シンプソンズ
TV時事番組のアニメでかなり大人向け



アニメの的確な描写が続きます。
米国、ついで全資本主義経済圏は2007年サブプライム・ローンSubprime le-
nding破綻、翌2008年リーマン兄弟銀行倒産で惨状をくり返しました。それを
米TV 時事アニメ「ザ・シンプソンズ」がギャグで面白く描いていた。裁判所
の執行吏が主人公マイホームに“FORECLOSURE HOUSE of AUCTION”(抵当
流れ 競売家屋)の表示をぶちつける。主人「この家は俺の家だぞ」。役人「銀
行融資の担保で取りあげられたんですよ」。主人「銀行の社長に文句言って
やる」。役人「その社長もクビになったたんですよ」。あの時期、銀行が次々
と経営破綻、日本でもアメリカでも。時事風刺だが事実は暗すぎた。
注)ザ・シンプソンズ The Simpsons
原作:マット・グレイニング Matt Groening 1954/2生 米マンガ家
TVアニメ 1989/12放送開始 米中流家庭をシンプソン一家に要約して描い
たコメディ1話約20' (21'~24')完結 大人向 製作20世紀FOX その後各国
でも放送。映画化もあり「ザ・シンプソンズMOVIE」

 

 

ファミリー・ガイ
やはり米TVアニメ。
USAではそれなりに人気あるようです

 

 

同じく米TV時事アニメ「ファミリー・ガイ」も引用されてた。このタイトル
“ある男の家庭生活”ってな感じでしょう。これは日本では一部作品が
DVD発売されてますが、セリフしゃべくりに寄りかかったギャグで、日本語
に吹き替えても面白くない。違う社会なので直観力では理解できないの
です。本国では女性差別、ユダヤ人、黒人、日本人など特定の人種、
民族をせせら笑った内容には批判あるようです。
注)ファミリー・ガイ Family Gui
米FOXテレビジョン 何期かに分かれ放送1999~2001年 2003年より
再開し、休止中 製作:FOXテレビジョン アニメーション:ファジー・ドア、
アニメーター・脚本・監督・原案・企画:セス・マクファーレンSeth W.
MacFarlane デビッド・ザッカーマンDavid Zuckerman
USAロードアイランド州(米東北部の州 独立時13州の一)の架空の街
クォーホグに住むグリフィン一家を描いたブラック・ユーモアのアニメ。
「日本人はサルの味がする」とか、ユダヤ人は赤い縮れ毛、メガネと
出っ歯などその描写には批判多い


現在の格差と差別
格差が拡がると、その本質を解明するのをやめて手近に目立つ人種や
民族ベースに敵をでっち上げる勢力が出てきます、どの国でも。典型が
ナチズム、アメリカではクークラックスクランがいたし、今でも白人至上
主義がのさばっている。それに便乗して大統領になったのがトランプ。
ここら辺り豊富なニューズリール引用でいやが応でも納得させています。
製作時期の制約で英国のEU脱退騒動は出てませんが、あの問題はポ
ーランド出稼ぎ労働者排斥運動からスタートした。その結果イギリス経済
は物流システム崩壊で青息吐息。日本でも「朝鮮人は出ていけ」てな
ヘイト勢力がいるなあ。
昔の低賃金労働者として綿花畑の黒人奴隷が出てきた。このシーン、
どこからの流用かな? 今は大都会の料理出前配達員を撮っている。
近ごろよく見かけるようになりましたね、流行のウーバーイーツですよ。


未来への希望
ただ社会格差の解決法として原作者の主張、累進の富裕課税は現実的
には困難。選挙で減税を主張した大統領が当選後は法人減税で大富豪
から喝さいされた国もあります。また大富豪の収入は、ほぼ例外なく源泉
分離課税の配当所得なのです。これは筆者の持論です。
社会の平等を少しでも実現するにはどうすべきか、それが政治家の役目。
その政治家を選ぶ国民の自覚と責任。これが難しい。盲(めし)いたる民が
多いのだ。希望はある。何度も言うようですがこの映画、内容はかなり硬い。
でも私が見た映画館にはそれなりの観客。学生らしい客層。今どきの若者
は真面目だ。

アニメーションとドキュメンタリーは火と水の関係。互いに相いれないのが
常識。でもこの映画、既存のよく知られたアニメーションをドキュメンタリー
の傍証として活用して成功しています。スタッフの柔軟な発想に拍手。


プロフィール

小松沢甫アイコン

小松沢 甫 (こまつざわ・はじめ)

日本アニメーション協会 会員・歴史部会
古いフィルムの発掘、保存、公開にも努力
研究は内外の専門書で引用紹介されている
論文に「太平洋戦争とアニメーション 今日も続
く1940年体制・意外で奇妙で厳然たる事実」、
「幻の東宝図解映画社」 主著「持永只仁の足跡・
運命をきりひらいたアニメーション作家」、共著
「キネマ旬報日本映画監督全集(1976)」「山形
国際ドキュメンタリー映画祭 '91 日米映画戦」
など