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アニメーションの散歩道

お父さんどこに行ったの? オランダからの発信

ファーザー アンド ドーター Father and Daughter

 10分足らずの短編アニメーションです。日本題名がいくつかあります。ここでは
日本初公開、広島国際アニメフェス2002でのタイトルに合わせます。商業公開の
「岸辺のふたり」では恋愛モノと誤解されそうです。勝手に題名を変えるのは
作品に失礼との思いもあるからです。

 

 短くも濃密なドラマです。全編ほとんどロングショット。アップも回りこみもない淡々と
した描写。川が流れ、岸辺にまっすぐに続くポプラ並木道。白と黒、まるで墨絵の
ような風景。あるいはオランダの風景画家ホッベマの「道」を想起させます。オランダ
の風景が舞台と作者自身解説していました。哀愁を帯びた“ドナウ川のさざ波”が
BGM。

 

かぐや姫人形
写真1.ロングショットの並木道。ホッベマの絵を思い出します。
©Netherlands Institute for Animation Film、Cine'te' Filmproductic BV,Cloudrunner Ltd.

 

 


写真2.ホッベマMeindert Hobbema の「道」、17世紀オランダの風景画家

 

 

 彼方から自転車の紳士。少し遅れて小さな子供用自転車、一所懸命にペダルを
こいでお父さんの大きな自転車に追いすがる。どこでも見かけるほほ笑ましい風景。
並木の根元でお父さんは自転車を停め我が子が追いつくのを待つ。幼子はスカート
をはいてた。女の子です。父は子をひしと抱きしめ何かを語りかけます。セリフは
一切ありません。観客は映像から状況を想像するだけ。でもドラマは分かりやすい。
父は一人で土手を降りて行く。と、自転車がバタン。お父さん、戻って自転車を停め
直し、また岸辺へ下りて行く。まるで自転車が事情を察し、ご主人様との別れを悲し
んで、ダダこねてるみたい。アシの生い茂る岸に手漕ぎボートがあった。前もって
用意しておいたようです。お父さん、ボートに乗り彼方に漕ぎ去る。彼の目的は
わからない。

 

 少女はパパの帰って来るのを信じてズッと待っている。石けりの一人遊び。これ
だけで「パパはすぐに帰ってくるんだ」という彼女の思いこみがわかります。でも

いつ までたってもパパは帰ってきません。背伸びしてもボートは見えません。やがて
夕暮れ。並木の影が長くなっていく。少女の気持を思い観客も不安に。もう夜、あたり
は真っ暗。少女は仕方なく帰って行く。自転車のヘッドライトが遠ざかる。父の自転車
だけが取り残される。少女の顔は見えない。でも、悲しかったでしょう。泣きたかった
でしょう。

 

 お父さんはそのまま帰ってこなかったようです。別の日、吹きすさむ暴風。並木が
揺れる。あの子が必死に自転車こいでやって来ました。お父さんの自転車は
そのまま。風にさらされながらご主人を待ち続けていました。やはりボートは見当ら
ない。彼女、ポツねんと待ち続けて、やがて帰っていく。今度は追い風、自転車は
吹き飛ばされ、滑るように走っていく。筆者はその情感に涙してしまいました。
また別の日、降りしきる雨。あの子が雨がっぱ着て自転車こいでやって来る。お父
さんに会いたい、お父さんどこに行っちゃったの? お父さんの自転車はなくなって
いた。誰かが勝手に持ち去ったのか? 女の子は木の根方をぐるりと歩き回る。
自分に言い聞かせているのでしょう、やっぱりない。幼子です。さっぱり事情が
わからない。ただ会いたい、その気持ちだけ。

 

 何年かたったようです。軽やかにサイクリングの女学生一団。一人がふと自転車
停め河面を眺める。そのまま立ち続ける。あの子だ、ハイティーンになったらしい。
今でもお父さんを忘れられないのです。「何してるの、早くいらっしゃいヨ」とでも

叫んで いるのでしょうか、先に行ったお友達が手招きしています。ふと気づいて、皆を
追いかけていく彼女。

 

 さらに何年かの後、青年のこぐ自転車。後ろに若い女性が座っている。あの子だ。
今日は恋人同士で来たのかな? やはりあの場所で停まり彼方を眺める。やがて
抱き合う二人。
月日は流れます。親子四人連れサイクリング。あの二人は結婚したらしい。チビッ
子二人はそれぞれ子ども用自転車。やはりあの場所に来た。「パパがいなくなった
のは私がこの子達の歳だった」とでも言いたげに。
彼女は折に触れこの場所に来たのでしょう。老婦人が自転車でやって来る。もう
そんな年月。彼女、ふと何かを見つけたらしい。意を決して河原へ下りていく。
半分以上砂に埋もれた手漕ぎボートが流れつき捨てられてあった。あの時お父さん
が乗って行ったボートそっくり。そのボートに乗り砂の上に横たわる彼女。と、何かに
気づく。彼方に人影、お父さん!? よろこび駆け寄る彼女。そのとたん彼女の姿が
どんどん変わって、若返っていく。若妻へ、女学生へ、幼女へ。お父さんのシルエット
は昔お別れしたまま。ひしと抱き合う二人。ふと気づくと彼女はボートの中でまどろん
でいた。現実はやはり老女のまま。夢だった。力なく立ち去る彼女。
イヴァノヴィチのワルツ曲、そして自転車のチリリン音が実に効果的に使われていま
した。

 

写真3.エンディングのクレジットタイトルも自転車のイメージ

©Netherlands Institute for Animation Film、Cine'te' Filmproductic BV,Cloudrunner Ltd.

 

 

目くるめくショットや美形キャラはありません。単純に親子の愛情を、ほとんど
シルエットのロングショットで見せている。それでいて強い印象。筆者の解釈、お父
さんは政治亡命したようです。留守家族は弾圧されなかったのでしょうか。もっとも
幼児にはそんな事情はわからなかったでしょうが。ただただ涙の私でした。

2000年オランダ・イギリス合作、8'30'' 監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
Michael Dudok De Wit 1953年生 オランダ人。TV-CM が本業。時折短編アニメ
の佳作を発表。どうも制約多いCM仕事からの息抜きで独立作品を作ってる感じ。
横浜みなとみらいの劇場ではフランス映画としていました。監督名にDe がついて
いるので誤解したか? フランス系オランダ人かもしれません。

 

 

プロフィール

小松沢甫アイコン

小松沢 甫 (こまつざわ・はじめ)

日本アニメーション協会 会員・歴史部会
古いフィルムの発掘、保存、公開にも努力
研究は内外の専門書で引用紹介されている
論文に「太平洋戦争とアニメーション 今日も続
く1940年体制・意外で奇妙で厳然たる事実」、
「幻の東宝図解映画社」 主著「持永只仁の足跡・
運命をきりひらいたアニメーション作家」、共著
「キネマ旬報日本映画監督全集(1976)」「山形
国際ドキュメンタリー映画祭 '91 日米映画戦」
など