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アニメーションの散歩道

ヒロインはアニメーター

NHK なつぞら
毎朝の連続テレビ小説です。この番組、2019年の春から半年間全156話、
関東での平均視聴率が21%(ビデオリサーチ9/30発表)。かなりの人が見て
いたようです。でもメディアの報道あるいはネット空間の話題はキャストの
美女イケメンに集中していますね。
私が期待したのはTVでアニメーターを主人公にしたドラマだからです。
アニメーターを主人公にしたフィクションではかなり大昔、1970年、東映動画
のアニメーターだった林静一が退職して自伝的なマンガ「赤色エレジー」を
発表(1970)、当時の青年層に大きな感動を与えました。間もなくこのマンガが
TVドラマ化。TVでアニメ界を描いた先駆です。ところがこれがひどかった。
スタッフのアニメーション製作プロセスへの無知、無関心をさらけ出した出来。
うんざりさせられたものです。一般には同じ原作で大ヒットしたあがた森魚の
歌 ♪愛は愛とて…で記憶されています。


写真左が小田部羊一(こたべ・よういち)氏 2008/9撮影
1936/9台湾・台北市に生。東京芸術大日本画科卒、同年東映
動画入社でアニメ人生スタート。2010/3、夫人奥山玲子と共に
東京アニメアワード第6回功労賞受。作監務めた「アルプスの
少女ハイジ」「母をたずねて三千里」が代表作でしょう。右は
アニメーション協会の仲間イラン・エングェン、権藤俊司。


こちら「なつぞら」はモデルが奥山玲子、アニメ史考証を夫君の小田部羊一
が担当。これなら日本のアニメ産業幼年期を背景にした時代劇とも言える
ドラマが見られそう。大いに期待。結果はそれなりに得る所、つまり楽しかった
部分もありました。
でも放送時間はやはり長すぎた。1回15分でも月曜日から土曜日まで毎朝。
結果はほとんどが寄り道、迷い道、つまり偶然の出会いに始まり尻つぼみで
終る、どうでもいいホームドラマ、メロドラマを無理やり延々と見せられた。
本筋とは関係ないキャラクターの途中出しゃばり、多かったねェ。無理やり
味付けした甘いロマンばかりでうんざり。特に北海道舞台の回は毎朝この手
の人情話。舞台は開拓農家でしたが、自然の脅威、時代の荒波にどう向い
努力してきたかを映像で見せてほしかった。説明的なセリフとナレーションが
多すぎました。

 

お粗末な時代考証
 また東京篇での社会風俗シーンもひどかった。
敗戦直後、空襲で孤児になった兄妹、それにしてはコスチュームがきれい、
手ぬぐい、軍手に至るまでこざっぱり。ほっぺぷっくら、栄養のいい顔つきで
可愛い。浮浪児ってのは目ばかりギョロついていつも食い物ねらっていた。
すり、かっぱらい、置き引き、昨年話題になった映画「万引き家族」(是枝裕和
監督)も真っ青の毎日だったのです。そうしなければ生きていけなかったのだ。
警察は孤児を狩りたて強制収容所へぶっ込んだ。でも収容所では食事が
出ない。多数の孤児が餓死し、殺されるのがいやな子は脱走したのです。
この朝ドラにはそんな追いつめられた生活の雰囲気がどこにもない。今の
裕福、モノ余り感覚で飢えていた時代を回想して見せてる。上野駅地下道
で寝泊まりしてる孤児は靴なんか履いてなかった。だからタップダンスなんて
踊れなかったのです! あの頃のスフ(ステープル ファイバー)衣類がどんな
水準だったか、私は今でも覚えてます。学校は教室が足りなく二分授業や50
人以上のすし詰め教室だった。真冬にストーブの石炭がなくなり冷え切った
教室で授業受けてたんです、私の世代は。ドラマのこんな時代風俗シーン
では過去の美化につながりかねない。怒りも感じます。

 楽しくなったのはヒロインがアニメ界に入ってから。東映動画をモデルにした
東「洋」動画の職場風景ドタバタです。

 

色馬鹿 ?
仕上げ職場「奥原さん、色バカ」、「馬鹿?」「この部分だけ色が違う」
セルめくりで色違いミスを視覚で見せる。「あ、色パカね。すみません」
されげないエピソード。でもあり得る重大ミスを映像で見せてた。視聴者は
スムーズに納得できます。
ハンドトレスの熟練
一見きれいに引けてるなっちゃんのトレス線。でもセル10枚合わせではズレが
目立った。ここでもアニメ仕事の厳しさを目で見せ理解させていました。ただし
ここらの回、地味で一般主婦には退屈だったみたい。視聴率は低迷。

 

四隅 角(かど)あわせ作画
「なつぞら」第62話より トレス教習のシーン

 

三つ穴タップでの作画
「なつぞら」第138話より

角あわせとタップ
タップはアニメーターを象徴する小道具。前記の「赤色エレジー」ではフリー
アニメーターを“タップ1本渡り鳥”と自嘲してました。でもその3穴タップが
日本のアニメ作画で採用されたのは東映動画発足以降です。これは米ディ
ズニープロで開発された道具ですが日本には中国経由で導入されました。
それまで日本では大石郁雄にルーツを持つ東宝系作家は2穴タップ、政岡
憲三がルーツの主流派では角(かど)あわせ作画法だったのです。この政岡派
と東宝系が合併し、更に東映に買収され東映動画に(1956/8)。おそらくこの
東映の小道具工場でグラインダーやドリルを使い3穴タップを日本で初めて
作ったのでしょう(想像)。パンチはコクヨやオープン工業など既存メーカーに
特注したのかな? このドラマでは角あわせと3穴タップの違いが紹介されてま
す。私も角あわせで動画用紙を止めて作画している姿は初めて見ましたよ。
一種の復元考古学(笑)。

 

マシントレス
動画・カーボンフィルム・セルを重ねてコピー機に通す
「なつぞら」第131話より

 


マシントレス
動画の黒鉛筆線がセルに転写されて排出される
「なつぞら」第131話より

ハンドトレスからマシントレスへ
昔のアニメは仕上げ班のトレス係が手でセルにトレスしていました。トレーサー
の給与は安かったのです。それでも会社には人件費ウェートが重かった。
経営の足を引っ張っていたのです。このトレスがコピー機によるマシントレス
(ゼロックストレス)になった過程もドラマ化、映像で見せていました。大いに
評価します。大体アニメーターは自分の描線がハンドトレスで変えられてし
まうのを嫌います。マシン化を歓迎しました。しかしこれでハンド特有の色線
が制限され黒線のみで絵は硬くなりがち。利点も不満もあります。外国では
米ディズニーの「101匹わんちゃん大行進」(1961)が最初。日本では東映
動画「タイガーマスク」(1969)からです。
ただしトレーサーは職場がなくなり全員首切り。ドラマではヒロインの女友達、
新興プロダクションで色指定係へ。新しい天地を目指してました。上手い伏線
だった。

 

TVアニメ創世期内幕
会議室で今や管理職に昇進した先輩から「我が社でもTVアニメを作る事に
なった。ついては君に作画監督を」。歴史の重大な転換点を要領よく見せて
います。そのTV作品でコマーシャル部からTV部に配転されたクリエーター
が快調。「少年が駆け去ってフレームアウトするのは中割り動画せず流線3本
で。動かすのは線だけ」「トラのケンカは土煙だけにする」メリハリつけた動かし
方の言い方で新しい表現を提示。ごまかしで逆にマンガらしさを強調。今では
当たり前、ありふれた方法ですがその開発期を見せてくれました。
ただしここで注意! アニメーターの友人は怒ってました「作監になっても作画
シーンで手元アップショット、やってる事が原画の時と同じだったゾ !!」
プロはそこまで見てます。


ズラリ超個性派
キャラクター案で意地悪そうなのを提出した女性同僚に「やはり絵は人柄を
現わしますね」には私も大笑い。そして意地悪そうな彼女も次第にヒロインの
才能、努力を認めていく。このプロセスは楽しめた。議論百出、ギャーギャー言い
合いながらも和気あいあいでプロジェクトが進行していく、これもよかった。
スタッフが熱気ムンムンで作った大作「神をつかんだ少年クリフ」がやっと
封切り公開。ところが大コケ。お母さんに連れられてきた幼子は退屈して
映画館を走り回る、じゃんけんしてる、あるいはぐっすりお寝んこ。この“事件”
のモデルはもちろん東映動画「太陽の王子ホルスの大冒険」。私自身リアル
タイムでその事件を体験。大人の私は大感動。でも子供には難しいかなとも
感じました。案の定東映動画では空前の不入り成績だったようです。あの
「哲学的世界」(劇中セリフ)を理解できるのは高校生以上じゃないと困難。
お子様ランチではなかったのです。その事件をこの朝ドラはクリフで見せて
いました。責任をとって演出が辞職届。実際の事件では作画監督が辞職して
ますが、まァ似たようなもの。
かくして主要キャスト一同古巣の会社を退職あるいは追い出されて新興プロ
ダクションに再結集。この会社、廃業した木工場跡を借りてるらしい即席スタ
ヂオ。周りもいかにも場末の赤さびたトタン板やコンクリートブロック塀など
安普請感あふれている。つまりNHK美術班がていねいな仕事している。
そこに個性ありすぎる連中が集まり「この目玉焼きでは」口角泡を飛ばし、
実験してみよう、そんなとこどうでもいいでしょ、結局お料理しちゃった。そこ
から仲間意識が自然と盛り上がり「よしこれにしよう」。実によかった。あれを
見て目玉焼き作った家庭も多かったでしょうね。

 

似非(えせ)ドラマも
アニメ界ドラマじゃないけどTV番組関連エピソード、アメリカドラマの日本語
吹き替え(当てレコ)ドタバタもよかった。『拳銃渡世人』“Vagabond Leo”主演
スティーブ・マッキングいかにもアメリカ風のそれらしい画面。もちろんモデルは
『拳銃無宿』“Wanted Dead or Alive” 主演スティーブ・マックイーン。つまり
パクりのまがい物。在日の欧米人をアルバイトさせでっち上げたんでしょ。
もっともらしく見せてる。スタッフ楽しんでたな。録音シーンで背後のエディター
室ではかんかんに怒って消耗させられる。ここは昔のミュージカル「雨に唄え
ば」そっくり。他にもいかにもアメリカの帯ドラマ風まがい物がいくつか出てた。
一種の楽屋オチ。実写畑のスタッフが凝りだすとこういうシチュエーションに
なるのでしょう。


「雨に唄えば」Singin' in the Rain
1952 監督:ジーン・ケリー & スタンリー・ドーネン
映画がトーキーになった時代をコミカルに描き
ジーン・ケリーのタップダンスが鮮やか。

 

アニメはひどかった
ところがアニメ作家テーマのドラマなのに肝心のアニメシーンはひどい出来。
まずタイトルバックのオープニング。小田部羊一の代表作、あの「アルプスの
少女ハイジ」そっくりのキャラ。しかしハイジのあの可愛い少女がフルに動いて
いるショットとは差がありすぎ。連続番組なのに予算ケチったのかせせこましい
チマチマ動き、鹿やキツネの駆け足が奇妙。移動フォローでは背景はマルチ
プレーン引きを見せてほしかった。
ラスト近く「大草原の少女ソラ」放送シーンでドラマ本編のオープニングアニメを、
いわば劇中劇の形で流用した発想はGoo。でも中身のアニメシーンに入って
がっかり。下手じゃあ。ロクに動いてない。実写キャストがそれなりに熱演してる
だけに、その落差にはため息。
むしろ毎回おまけの投稿ミニアニメの方がずっと楽しかった。ところでその
一人、愛知県のはらひろし、ん? グループえびせんの方かな?

※このドラマでのアニメーション製作法は1970年代までの世界です。現在は
 デジタル化され、制作は機械化されています。それだけ原画の責任が重く
 なっています。私自身、京都で昔なじみのアニメーターとお会いして、描いた
 原画はスキャンして東京の元請に送信していると聞き驚きました。
 とんでもない遠距離勤務が現実化しています。
※今回の「なつぞら」レポートでは放送中にアニメ愛好仲間とのメイルやりとり
 が原稿への基礎となりました。各氏の友情に感謝いたします。

 

 

TVアニメの時間変更
 TVアニメの放送時間がゴールデン時間帯から消えてしまいました。
もちろん原因は視聴率の低迷。世帯視聴率わずか6~7%、かっての大人気
を知る世代には信じられない思いです。つまり子供がこの時間、特に金曜
午後7時台は塾で忙しくゆっくりテレビの前にはいられなくなった事情がある
ようです。局ではその対策でアニメ番組を子どもが見やすい土日の夕方や
日曜午前に移しています。また好きな番組はビデオで見ている熱心なファン
も多いでしょう。結果的には視聴率には反映されてません。しかし視聴者の
絶対数も減っているようだ。
 人気が衰えたのには別の理由がありそうです。ネットゲームへのめり込ん
でる人があまりにも多い、これこそが原因なのでは? つまり今の若い人は
テレビを見ている時間がない、時間がもったいない。満員電車の中で老いも
若きもうつむいてる。つまりゲームに熱中、あるいはスマホでソーシャルメディ
アをチェックしてる。友人と直接交流するより長い時間をスマホに費やして
いるようだ。昨2018年6月WHO世界保健機関が人類の精神衛生上由々しい
現象としてゲーム依存症あるいはゲーム障害Gaming disorder と警告決議
しました。中毒して普段の生活が破綻するほどの持続的かつ反覆的ゲーム
にのめり込んでしまう患者が激増しているようです。これがTVアニメ人気低落
の背後です。若者よ、せめて交通機関、街頭でのゲームは控えよう。自分の
周りを見よう。そしてアニメも見よう、そして仲間と語り合おう。

京都アニメーション社残虐事件に一言
 末筆ですが7月18日、京都市六地蔵の京アニ第一スタジオでおきた放火
殺人事件につき一言。犠牲者の方々に深く哀悼の意を表し、重傷を負われた
皆様の回復と業務復帰に期待申しあげます。私は京アニの代表作『らき☆す
た』の地元、久喜市鷲宮に住んでいるだけにあまりにも衝撃的な事件でした。
あのアニメ、途中で監督交代(山本寛から武本康弘へ)の混乱があり、プロダク
ション内部ではそれなりにトラブってたのでしょう。でもそれはかなり昔の話。
そもそもアニメ製作にスタッフ入れ替えはよくある話。今回の事件とは結び
つかない。
 ましてや容疑者は41歳という働き盛りなのにまともな職業人だったとも見え
ない。ただ彼の成育歴はかなり惨めな境遇だったようですね。だからと言って
認められる行為ではない。ただただ驚きぼうぜんとするばかりです。
事件の解明が待たれます。私は怒っています。
 もひとつ怒りの告発。警察が容疑者の氏名を公表する前に「京アニ放火
事件の犯人はこいつだ」、まったく無関係な別人の顔写真をSNS に掲載
した奴がいた。この無責任にも腹がたつ。世間が騒ぐのが面白い、ついで
にあいつをいじめてやろう、といったコンタンだな。情けないゾ!
ネット空間には証明されてない断定、はっきり言えばフェイク種があふれて
います。それを見分ける力を持ちましょう。デマに踊らされるな。

プロフィール

小松沢甫アイコン

小松沢 甫 (こまつざわ・はじめ)

日本アニメーション協会 会員・歴史部会
古いフィルムの発掘、保存、公開にも努力
研究は内外の専門書で引用紹介されている
論文に「太平洋戦争とアニメーション 今日も続
く1940年体制・意外で奇妙で厳然たる事実」、
「幻の東宝図解映画社」 主著「持永只仁の足跡・
運命をきりひらいたアニメーション作家」、共著
「キネマ旬報日本映画監督全集(1976)」「山形
国際ドキュメンタリー映画祭 '91 日米映画戦」
など