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アニメーションの散歩道

チェコ人形アニメ、その後

イジー・バルタ監督を囲む会
チェコアニメ、かっては世界をリードしていました。どうも最近は低迷。
その中でも気をはいてるイジー・バルタ Jiri BARTA監督を囲む会が
あり、あわせて彼の作品を語りましょう。

 

イジー・バルタ監督近影 2016.11

 

 

 氏は戦後間もない1948年生まれ。ファーストネームが日本では混乱し
て紹介されてきました。イルジでなくイジー、英語ではジョージアに相当。
製作は文部省の国立大学助成金頼り、それも「私一人で作ってきまし
た」。まわりにスタッフはいますが、助手ということでしょう。「自分に
とって一番大事なテーマに全てをかけてきた」ので他人の介入を
嫌がり個人プロダクションを続けてきたようです。

 

辛口な作品歴
でもそんな態度はお役所とのきしみも生んだようです。初期の『プロ
ジェクト
』(1981)は国内ではほとんど無視。でも外国の映画祭では受賞。
単純な切り紙絵の大人向け、社会風刺です。人間は郊外の緑を切り開き
高層ビル団地を建設していく。結局自然を破壊し、画一化された住宅が
住民の個性をなくしてしまうのだと告発。国内で相当な物議をかもした
ようです。計画経済への抗議にも見えます。でもチョット待って、私は
日本人。国土の8割が山岳の島国に住んでます。1億人以上が残りの
2割の土地に産業とマイホームを構えなければならないのです。当然
住宅は高層化していきます。このアニメには複雑な思い。チェコだって
山脈に囲まれ、モラビア盆地で農工業を営んでいる。条件は似ているん
じゃないかな。

手袋の失われた世界』(1982)も大人向け。世界映画史の名作を
パクッておちょくった快怪作。女優のグレタ・ガルボなどスクリーンの
スターを手袋で再現。イタリアのフェデリコ・フェリーニ監督をフェデリコ・
ベルーニとしたり、ルイス・ブニュエル監督「アンダルシアの犬」を笑い
とばしたり。かなり居直っています。逆にいえば映画全般についての
知識、教養がないと意味不明になりかねません。

その手法
「この手袋アニメでは、まずスケルトンを作り、手袋に入れ動かしコマ撮り
しました」。日本ではアマチャー(骨組)という言葉の方が一般的です。
「アニメとはメタファー(隠喩)です。現実にある何かを使って別の世界を
見せるのです。しかし検閲官は労働者あがりで教養はなかった。作家が
何を言いたいのかわからない人たちだったのです。」 今でも怒りを忘れ
られないといった感じでした。

 

 

関節人形:かなり大きく高さ40cm程、関節ボールベアリングは
パチンコ玉くらい。ハメルンの笛吹男伝説をベースにした人形アニメ
のキャラ

 

 

資本主義時代には
社会主義崩壊(1989~1992)後からはより一層具体的物体を動かして
抽象世界を表現した作品群が続いています。“SUZUKI”とか“TOYOTA”
など日本メーカーロゴ入りまで登場した『見捨てられたクラブ』(1989)や
CGに挑戦した『COOK,MUG,COOK!』(2007)。永遠に料理を作り
続けるギャグはW.ディズニー「ファンタジア 魔法使いの弟子」そっくり
な発想でした。
近作『雪女』(2012)はラフカディオ・ハーンの「怪談」が原作。背景に
スチル写真をかなり応用した手法。昔の日本が舞台なので日本人スタッ
フもいる。でも風俗考証はメチャクチャ。私にはチェコ人の日本観、ある
いは外国テーマでワンマン体制製作の限界を見せつけられた思い。

 

フランス人形の大冒険
むしろ私は、ちょっと旧作ですが『屋根裏のポムネンカ』(2009)が好き
です。75分の長編人形アニメ。資本主義経済でもこんな大作が作られ
た事実にまず感動します。次にその独特な人工世界に引きずりこまれ
ました。

 

屋根裏のポムネンカ:可愛い世話焼きお姉さんのフランス人形

 

 

 

 フランス人形お姉さんとその仲間人形の世界。でも幼児には向かない。
ちびっ子では「つまんないヨ、ねえママ~」ぐずりだすでしょう。私も初め
映像が勝手に進行してゆくのに戸惑いました。「文句言わずに俺に
ついて来い」、これが監督の態度。やがてその世界の約束事に慣れて
くると、いつの間にかハラハラドキドキ、見入ってました。このプロセス、
新海誠監督の「君の名は。」とよく似てます。でもこちら人形には最後
までわからない展開もあります。実写シーンとの共存、人形はどの
範囲で動いているのか? 違和感残りました。
つまり、人形世界に突然本物の人間が現れる。とたんに人形は静止!
ちびまる子ちゃんみたいな子とお婆ちゃん、「あら、こんな所にお人形
さん。可愛い」、「こんなに散らかして」、「私じゃないわよ」、「あんたが
やらなきゃ誰が散らかしたの」。この部屋は庭先の物置らしい。日本
語タイトルの“屋根裏”ではない。実は人形たちが今まで勝手に動き
回り、そこらにあった物を崩してしまったのです。でもそんな事、現実を
生きている人間にはわからない。幼い女の子は悔しい。何となく同情。
お婆ちゃん、室内にロープ張り洗濯物干し。「そんな汚れた人形は
捨てなさい。もっときれいなのを買ってやるよ」。人間は出ていく。再び
人形だけの時間。
このヒロイン人形、名はポムネンカ。ガラクタ置き場に台所とリビング
しつらえお料理、まるでお母さん。仲間の人形のお世話。朝はラジオ
体操。テーブルについて朝ごはん。と思ったらコップにさいころ放りぐるり
回し、なんと丁半ばくち! 当たった人形が大きなケーキをパクつく。毎朝
こんな大きなケーキを焼いてるんですか? 手間かかるでしょうに。それに
さいころ遊び。日本ではあっちの方の皆さんがやってるそうですが。
人形の一人、クマさんはSL機関士。駅アナウンス「この列車は〇時×分
発、どこそこ経由東京行きの国際特急です」。ええっ東京はチェコからは
海の彼方ですよ。あの国では東京ってどこか地の果て、と思われてる
みたい。ともかく出発進行。動輪がもっともらしく動き、汽笛は響く。でも
車体はガラクタ寄木細工。クスリと笑わせ、悪党まで登場。線路を付け
替え列車を別方向におびき寄せる。床にチョ-クで書いた線路を消して
書きかえるだけ。おざなり工事? SL、断崖から落下。つまりテーブルから
床に落ちる。こういったナンセンスお遊びが続き、お話しがさっぱり前に
進まない。この監督、かなりごう慢な態度です。
ヒロインのポムちゃん、人形でも表情豊か。怖い、びっくり、うれしいと
顔面マスク取り換え、関節動かしも精密。フルに動いてる。製作費かかっ
たでしょうね。
最後の悪役が気持ち悪いボス。陶器の胸像なのに顔は妙にリアル。
俳優実写のCG合成。ゴキブリ部下を指図してポムちゃんを誘拐。抵抗
する彼女を箱に閉じこめシンデレラばりの強制労働、洗脳工作。
家族人形の義勇軍決起。出動ドタバタや黒海の水を溢れさせ洪水に
する、といった特撮スペクタクルばりのお遊びシーンもありました。この
波は黒ビニールのシート(農業用でしょう)を広げコマ撮り。清らかな小川
の流れは水色布でコマ撮り。身近な素材を利用して自然現象を表現
しています。私は遂に作者好みの人工世界に見とれてしまいました。
でも彼がどうやって虫など子分どもを操っていたか、謎のまま。面白い、
でもスッキリしない気分も残ります。

私の疑問と回答
監督と私とのやりとりです。
▽私:ポムネンカは好きなのですが、大衆向けではない。本国で公開
して費用回収できたのですか?
▽監督:映画館での公開は劇映画1本にアニメなど短編1本上映の
習慣です。このため長編アニメは一般公開が難しいのです。社会主義
時代は国の予算でアニメが作られ外国の映画祭で受賞すれば次の
作品にもつながりました。この企画も出資者がいなく、初めは苦労しま
したヨ。同僚がある日タクシー乗り場で、ぱったり会ったんです、知り合
いの映画プロデューサーに。「いやあ、うちのバルタがね、新作の資金
が集まらなく苦労してるんだ」。彼「ボクなら今空いてるよ。引き受けよう
か」。そんなわけで日本からも出資集めクランクインできました。でも、
も少し観客のこと考えてもよかったかな。

映画配給界への監督の怒りは根強いです。でも自分なりに問題点は
認識しているようです。今後とも目の離せないクリエーターだな。

 

 

プロフィール

小松沢甫アイコン

小松沢 甫 (こまつざわ・はじめ)

日本アニメーション協会 会員・歴史部会
古いフィルムの発掘、保存、公開にも努力
研究は内外の専門書で引用紹介されている
論文に「太平洋戦争とアニメーション 今日も続
く1940年体制・意外で奇妙で厳然たる事実」、
「幻の東宝図解映画社」 主著「持永只仁の足跡・
運命をきりひらいたアニメーション作家」、共著
「キネマ旬報日本映画監督全集(1976)」「山形
国際ドキュメンタリー映画祭 '91 日米映画戦」
など