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ほのぼのショートショート ひげおじさん

第13話「水たまり」



 

 

ある日、ある時、ひげおじさんは友達と約束の時間に遅れそうであった。

家をあわてて飛び出した。

石につまずき、水たまりに ″バシヤ″ と頭からつっこんだ。

記憶がなくなった。

気が付くとヌクヌクとした液体の中をただよっている。

かすかにオレンジ色の光がさしていた。

臍(へそ)にヒモのようなものが繋(つな)がっている。

何が何んだかわからず思考が飛んでしまった。

女の人の悲鳴とともに ″ポン″ と明るいとこに飛び出した。

ひげおじさんは ″オギャー″ と大声を上げた。

お医者さんが ″ビク″ とした。ヒゲを生やした赤ちゃんが生まれたのだ。

お母さんはオッパイを飲ませる時、ヒゲが痛いので毎日剃(そっ)た。

幼稚園に行くようになり、ひげおじさんは自分でヒゲを剃るようになった。

噂(うわさ)では、母は、お腹が大きくなる前はトラブルのたえない

町一番の嫌われ者だった。

ひげおじさんを身籠(みもご)ってから人と争うことがなくなり、

町一番の優しいオバサンになった。

畑も自然も荒れはてていた。母が妊娠(にんしん)したころから

花が咲き乱れ、作物も豊かに実るようになった。

ミミズもゴキブリや猫も、犬も生き生きと飛び跳(は)ね

ギスギスとしていた人々も微笑(ほほえ)みをたたえ、明るい町になった。

ひげおじさんは名門大学を卒業し。

時は流れ…………大企業の社長に就任(しゅうにん)をした。

お母さんには最高の親孝行ができた。

社長の椅子に座った瞬間(しゅんかん)、昔の記憶が蘇(よみがえ)った。
友と待ち合わせをしていたのだ。

急いでかけつけた。

友達は頬杖(ほおづえ)つき、待っていた。

彼はかって、黒髪がフサフサとした美青年であった。

友が、ひげおじさんにニコッと微笑んだ時、

ハラリと最後の一本の髪の毛が風に舞った。

 

 

プロフィール

林 恭三

林 恭三 (はやし・きょうぞう)

日本アニメーション協会 会員