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文学と映画1  若草物語

「若草物語」のタイトル

まだ夜は寒いながら春一番も吹き、春の気配が感じられてきた。

これからルイザ・メイ・オルコット原作の「若草物語」について連載していきたい。

 

「若草物語」と言うタイトルは、春にふさわしいが、原題は、「Little Women 」(小さな婦人たち)である。これは、著者であるルイザの父親が娘達に呼びかけていた言葉からつけたタイトルで「まだ小さいけれど、立派な一人前の婦人たち」という意味を持っている。「若草物語」第一部がボストンのロバーツ・ブラザーズ社から出版されたのは、1868年10月1日であるが、日本初の翻訳が出たのは、1906(明治39)年。北田秋圃の訳によるもので、この時のタイトルは、「小婦人」(彩雲閣)であった。

 

その後、1923(大正12)年には、内山賢治の訳による「四少女」(春秋社)が出版された。「若草物語」という書名は、矢田津世子訳の時、初めて使われたが、この本の初版発行が、1934(昭和9)年9月20日。ジョージ・キューカー監督、キャサリン・ヘップバーン主演による映画「若草物語」の日本公開は、同年の10月4日である。映画の日本語監修を手掛けたのは、少女小説家の吉屋信子(1896~1973年)なので、「若草物語」というタイトルを最初につけたのは、吉屋信子かもしれない。映画公開に先がけて出版された矢田津世子訳の本のタイトルは、カバーに映画のスチールが使われているので、書名を映画のタイトルに合わせたのであろう。以後、この「若草物語」というタイトルが普及し、多くの書籍や映画、アニメ等で使われている。

 

図版1「若草物語」訳:矢田津世子 装丁:長谷川露二 1934年 少女画報社 

図版1「若草物語」訳:矢田津世子 装丁:長谷川露二 1934年 少女画報社 

「若草物語」訳:松本恵子 イラスト:村上芳正 1986年 新潮文庫

「続若草物語」訳:吉田勝江 イラスト:朝倉めぐみ1987年 角川文庫

 

  • 若草物語は、4作出版されている

「若草物語」は、1868年に発表された「若草物語」第一部と言われる最初の作品が有名で、日本語での翻訳は、角川書店や新潮社の文庫本や、児童向けでは、偕成社、岩崎書店、ポプラ社文庫、講談社青い鳥文庫などで読むことが出来る。

 

「若草物語第二部」(続若草物語)は、1869年4月14日に発表された。原題は「Little Women, Part Second」、イギリス版は「Good Wives」(良き妻たち)である。「第三若草物語」(1871年)のタイトルは「Little Men」(小さな紳士たち )「第四若草物語」の原題は、「Jo’s Boys」(ジョーの少年たち )。最後の若草物語は、前作の15年後、ルイザ・メイ・オルコットが亡くなる2年前の1886年に出版された。

図版2参考文献 シリーズもっと知りたい名作の世界 「若草物語」 編著:高田賢一2006年ミネルヴァ書房
図版2参考文献 シリーズもっと知りたい名作の世界 「若草物語」

編著:高田賢一2006年ミネルヴァ書房

 

  • 若草物語第一部(Little Women or Meg,Jo,Beth,and Amy)の内容は?

「若草物語」は、南北戦争時代(1861~1865)のアメリカが舞台で、マーチ家の家族の日常生活を描いた作品である。父は牧師で南北戦争に従軍しているために不在で、しっかりした母親が家庭を守り、娘達の相談相手になっている。

 

マーチ家には、美人で、裕福な暮らしに憧れる長女のメグ(マーガレット16歳)、読書と小説を書く事が好きで、少年のように行動的な二女のジョー(ジョゼフィン15歳)、ひかえめでおとなしくピアノが上手な三女のベス(エリザベス13歳)、絵の才能があり、少々見栄っ張りだが優雅な雰囲気を持つ末っ子のエイミー(12歳)の四姉妹がいて、この四姉妹がストーリーの中心となり、それぞれの個性や行動、心理などがいきいきとした会話を通して楽しく描写されている。

 

「若草物語」は、クリスマスイブから始まり、翌年のクリスマス頃までの約1年間の話で、四姉妹は、一つ年を重ね、成長していった。その間には、近所の貧しい一家のために楽しみにしていたクリスマスの朝食を提供した事、メグジョーが舞踏会に出席した事、裕福な隣家の老紳士・ジェームス・ローレンスやその孫のローリイと友達になり、ローレンス氏が、手作りのスリッパのお礼に、娘の形見のピアノをべスにプレゼントしてくれた事、ローリイの招待で大勢でピクニックをした事、ジョーの書いた小説が新聞に採用された事、父が病気になり、母が看病で出かけている間にベスが猩紅熱にかかり、重病からようやく回復して、帰省した父と一家全員で楽しいクリスマスを迎えた事などのエピソードが描かれている。

 

 

  • 続若草物語(Little Women or,Meg ,Jo, Beth, and Amy, Part Second )(Good Wives)

前作から3年後のマーチ家の四姉妹を描いた作品である。長女のメグは、ローリイの家庭教師だったジョン・ブルック氏と結婚してつつましいながら幸福な家庭生活を始め、やがてデミディジーという男の子と女の子の双子が生まれた。ジョーローリイに求婚されるが、それをことわって一人ニューヨークに行き、カーク家の家庭教師をしながら、新聞小説を執筆し、カーク家で知り合ったドイツ人のベア先生に好意を持つようになる。
ベスは猩紅熱になって以来、身体が弱くなり、18歳で安らかに息を引き取った。エイミーは、金持ちのマーチ伯母のお伴をして、ヨーロッパに旅立ち、祖父のローレンス氏の付き添いでヨーロッパを旅行していたローリイと再会し、結婚して帰郷した。いつも家族に暖かい愛情を注いでくれたベスの最期を看取ったジョーの心には変化が生まれ、名声やお金が目的でない真実味のある小説を書こうと志す。ジョーベア氏はその後、それぞれ働きながら、時々会って、多くの手紙を交わしながら愛を深め、結婚した。

 

 

  • 第三若草物語(Little Men : Life at Plumfield with Jo’Boys)

ジョーベア先生が、プラムフィールドに開いた学園とその学園の子供たちの話が中心で、他の姉妹はあまり登場していない。マーチおばが亡くなって、ジョーにプラムフィールドの広大な屋敷を遺産として残してくれたため、ジョーは、ベア先生とそこで学園を開き、勉強と保護と愛情を必要とする少年少女達を集めて、楽しく家庭的な教育の場を作った。主な生徒は、メグの子供で双子のデミディジー、ベア先生の甥のフランツエミルジョーベア先生の子供で幼いロブテディ、いたずら好きなトミー、ヴァイオリンが得意なナットなどで、それに野性的な少年ダンやおてんばな少女ナンも加わり、個性豊かな子供たちが事件を起こしたり、学園の行事を楽しんだりする姿が描かれている。

 

 

  • 第四若草物語(Jo’s Boys and How They Turned out. A Sequel to Little Men)

第三若草物語から10年後の三姉妹とその家族、プラムフィールドの学園を卒業していった子供達の様子が描かれている。母のマーチ婦人メグの夫のジョンローレンス氏はすでに亡くなり、亡くなったローレンス氏の寄付で、プラムフィールドの学園は大学に変わって、ベア先生はローレンスカレッジの学長、四姉妹の父親のマーチ氏は同校の牧師となった。ジョーは、不景気だった時に、学園の収入不足を補うために、少女向けの小説を書いて出版社に送り、その本がベストセラーになって流行作家となった。少女時代からの夢がかない、そのお金で母が晩年を不自由なく暮らせるようにしてあげる事ができたが、毎日のように編集者やファンが訪ねて来て、落ち着いた静かな生活ができなくなった。ベア先生の甥のフランツは商人、エミルは船乗り、おてんばだった少女ナンは医者になった。ローリイエイミーの子供のベスは、美しい少女になった。メグの子供のデミは編集者、ディジーは音楽家になったナットとの結婚を望み、妹のジョジーは女優を目指している。このように皆それぞれの道を歩んでいった。

 

 

  • 若草物語のマーチ家は、本当に貧乏なのだろうか?

「若草物語」は、「プレゼントのないクリスマスなんて意味がないわ」というジョーの言葉から始まる。「貧乏ってほんとうにつらいものね」メグは自分の着古した服を見まわして溜息をつく。「ある女の子たちは美しい物をたくさん持っていて、ある女の子たちだけが何も持っていないのなんて、不公平だと思いますわ」エイミーが言うと、「でもわたしたちにはお父様とお母様があるし、それにお互いに兄弟を持っていますわ」ベスがなぐさめる。

 

短い会話で四人の性格を表現している見事な文であるが、以前から私は、この姉妹があまり貧乏には見えないだけでなく、むしろ女の子が憧れるような生活をしているので、「貧乏がつらい」というところに何か納得できないものを感じていた。確かに夜会に着ていくような華やかなドレスを持っていなかったり、貧しい一家にクリスマスの朝食をあげたら自分達はパンとミルクだけでがまんしなければならなかったり、ベスは新しいピアノが買えないし、父親の看病に出向く母親のためにジョーが髪の毛を売ってお金を渡しているので、金持ちではないようである。しかし、家にハンナというばあやが居て家事の手伝いをしているし、舞踏会に招待され、金持ちのおばも友達もいるので、もともと貧乏ではなくて、現在はお金がないが、本当はお嬢様ではないかと思うのである。

 

マーチ家は、以前は裕福であったが、父親が高潔な人で不運な友人を助け、財産を失ったようである。そのため、メグはキング家の家庭教師、ジョーは金持ちのマーチおばの世話をして生活費を稼がなければならない。辛いのは回りの友達がそんなことをしてないからなのである。だが、衣装を繕ってパーティに出たり、演劇を見に行ったり、ハイキングやスケートをしたり、ピアノを演奏したり、ジョーが脚本を書き、姉妹で劇を演じて友達に見せたり、新聞を発行したりしていて、かなり文化的に高く、映画を参考にすると、その時代のドレスや部屋のインテリア、家の周りの自然に恵まれた環境など、現代の我々よりも豊かに感じられる。

 

マーチ家の貧乏は、本来上流階級であるはずの威信を保つだけの経済力が無いだけであって、もともと労働者階級ではないのである。しかし、貧乏だから不幸かと言うとそうではないように思える。 姉妹たちが少ないお金をやりくりして母親のプレゼントを買い、服や小物を工夫して作っているがゆえに、ちょっとした小物や隣家からプレゼントされた花束が、貴重であり、美しく、愛情に満ちたものに感じられる。また、上流階級にありがちな因習に縛られず、少女の頃から自分達で働いてお金を得る事で自立心を持ち、奉仕活動を通じて社会の貧困層の生活も垣間見る事が出来る。上流階級から下層階級の生活を知ることで、経済的に恵まれた同年齢の少女たちよりもはるかに自由な精神を保ち、創意工夫する事で創造力が養われ、感謝の心を持った少女たちに育っていると思う。四姉妹は、感受性が豊かで、私達よりもはるかに幸福を感じながら生活しているように見えるのである。

図版3「若草物語 ルイザ・メイ・オルコットの世界」著者:ウイリアム・T・アンダーソン 

構成・ 訳・文:谷口由美子1992年 求龍堂 

写真が多く、ビジュアルにオルコットの世界が楽しめる

 

プロフィール

本田 未禧 (ほんだ・みき)

イラストレーター
学習院大学文学部史学科卒業。デザイン会社「アール・プロジェ」やアニメーション製作会社「シャフト」で働く。

1990年テレビ東京「水木しげるスペシャル」のアニメ美術を担当。1994年キャノンカレンダーコンテスト入賞。日本図書設計家協会に入会。
2004年アニメーション研究同人誌「シネマテック」発行。2006年「JA通信」のイラストを描く。2010年洋泉社のムック本のイラストを描く。
2011年から「東京展」出品。2013年日本グラフィック協会に入会。「現創展」のキャラクターアート部門で金賞受賞。2014年日本図書設計家協会退会。