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Mikiki タイムトラベル

映画と文学   
ニコライ・ゴーゴリの「ヴィイ」と「妖婆・死棺の呪い」

冬の怪談と言えばロシア文学である。
19世紀ロシアを代表する作家ニコライ・ゴーゴリ(1809~1852年)は、 「外套」「ヴィイ」など優れた怪談作品を残している。特にロシア民話を文学化した「ヴィイ」は 、1967年に映画化されて日本では「妖婆・死棺の呪い」といったヘンなタイトルになっているが、 映画の内容からするとそうマチガイではない。しかし、その前に「死霊の盆踊り」について書いてみたい。

 

・やっと観賞 「死霊の盆踊り」(Orgy of the Dead)

ついに「死霊の盆踊り」(監督:A.C.ステーィブン 本名 スティーブ・アポストロフ 1965年)を見た。 近くのレンタル店から108円で借りたのである。
こうしたマニア向けのDVDが、店舗面積が狭く、店長が特に映画マニアでもなさそうな店に置かれるようになるとは思わなかった。

エド・ウッド ジャケット画像

80年代後半から90年代にかけて、このビデオを新宿TSUTAYAなどで見かけていたが、当時は、「死霊の盆踊り」の脚本が、史上最低の映画監督と言われるエド・ウッド(1924~1978年)で、その内容のくだらなさに第三回東京ファンタスティック映画祭で上映が拒否された事を知らなかったため、借りるほどの興味が無かったのである。

 

しかし、1994年にティム・バートン監督が、エド・ウッドの伝記映画「エド・ウッド」を作り、2014年に(主に)ユニバーサル社製作の1930~40年代のモンスター映画を数多く収録したDVDセットが、格安の値段で販売されたので、エド・ウッドが好んでいたモンスター映画の世界を理解する事が出来て、エド・ウッドへの興味が高まり、今回「死霊の盆踊り」を観賞するに至ったのである。そこで感想だが、全体の印象は悪くない。

 

現代の映画にないノーテンキでノンビリしたムードが漂っている。ストーリーを紹介すると、冒頭でカップルが墓場に向かって車を走らせている。男性は小説家で、夜の墓場に行くとアイデアがわくというのだ。女性はイヤがっているが、途中で事故に会い、気がつくとドラキュラ風のマントを着た夜の帝王とアダムズファミリー風メイクの闇の女王が主催する死霊のパーティを墓場で覗き見ている。そのうち夜の帝王の手下の狼男とミイラに捕まり、縛られて、死霊の美女達のストリップをえんえん見せられるというものである。

 

美女達は、健康そうで死霊らしく見えないが、足元にスモークが焚かれているので、これが死霊ということを表わしているのだろう。みんなスタイルも良いし、踊りもうまいが、ずっとこれが続くので映画としては、退屈し、盛り上がりにも欠ける。やはり途中で飽きてきたので、何回かに分けて見た。

 

脚本がよく出来ているとは思わないが、ナレーションやセリフの端々にハリウッドゴシックに対する憧れが感じられてエド・ウッドらしい。主人公もその恋人も救助されるし、残虐なシーンもなく、スプラッターホラーが苦手な私は安心して見る事が出来た。面白かったのは、死霊たちが、満月の晩にこうしたパーティをやっているという事で、日本で言えば、タヌキのような人たちである。この映画よりは、ずっとよく出来ているが、新東宝の「本所七不思議」(監督:加戸野五郎 1957年)を思い出した。

 

これは、小宮山左膳に命を助けられたタヌキ娘が、左膳を殺害し、小宮山家を乗っ取ろうとした極道な甥の権九郎(天知茂)をやっつけて恩返しをするといった話で、ラストで天知茂が、一つ目小僧やろくろ首などの妖怪たちに追いかけられるのがユーモラスで、お色気もある映画であった。

 

かんじんな時にタヌキ娘が、満月にうかれて踊っていたため、恩人である左膳が殺害されるのに間に合わなかったというくだりも間が抜けていて、おかしかった。 「死霊の盆踊り」で、最後は、朝日が射して、死霊たちがみんな骨になるといった終わり方は、怪談映画を得意とする大蔵新東宝を思わせ、ノーテンキさも、なんとなく近いものを感じる。現代の社会は、ストレスが多いので、これらのノーテンキな映画を見て、リフレッシュしてもらいたいものである。

 

・「死霊の盆踊り」と「妖婆・死棺の呪い」のタイトルについて

「死霊の盆踊り」の話が長くなったが、「ヴィイ」の映画化である「妖婆・死棺の呪い」
何か関係があるかと言うと、どちらもホラー映画であり、ラストで朝日が差し込み、死霊や妖怪たちがみんな死んでしまうというぐらいしか共通点は無い。

 

ただ、両者にはタイトルに工夫が感じられる。「Orgy of the Dead」「死霊の盆踊り」と名付けたのは、映画評論家の江戸木純氏で、江戸木氏が映画の版権を扱うエージェント会社にいた時のエピソードは、氏の著書「地獄のシネバトル/世紀末映画読本」(洋泉社)に詳しい。江戸木氏が、とりあえずつけたというタイトル「死霊の盆踊り」は、この映画のコミカルで腰の抜けた雰囲気を表わしていて、グッドネーミングだと思う。


作品について何も知識が無い場合、見ようという興味をそそられるとしたら、「死霊の盆踊り」というヘンなタイトルだからに他ならない。

一方、「妖婆・死棺の呪い」というタイトルは、原作の「ヴィイ」が有名でなく、「ヴィイ」では、どのような映画か内容がわからないため、かなり考えてつけたタイトルの様な気がする。

 

「ヴィイ」とは、最後に登場する土の精のような妖怪のことであるが、主人公のホマーとメインで対決するのは、魔女となった10代の美少女である。

美少女の死体が起き上がって、迫ってくるわけで、そうすると「妖婆」というのはどうかと思う。最初は、お婆さんの姿をしていたので、マチガイではないし、内容はそのとおりだが、美少女というところはタイトルで少しアピールしたほうがよいのではないかと思う。

 

「魔女伝説 ヴィー」というタイトルもあったが、「ヴィー」というのは、この少女の名前でなく、みんなに誤解されやすいと思う。「映画千一夜」(中央公論社)で、映画評論家の淀川長治氏、蓮見實彦氏、山田宏一氏達が、怪談映画というテーマで、カール・ドライヤー監督の「吸血鬼」の話をしていた時、山田氏が「いま三百人劇場のソ連映画特集でも上映しているんですが、妖婆・死棺の呪いというのがすごく怖くて好きで(略)あしたもまた観にいこうと思っているんです。」と言ったら、淀川氏が、「それまた面白そうだねえ。だいぶ落ちるけど(笑)。なんて言いませんよ、失礼だから(笑)」と答えていたが、それは、こういうヘンなタイトルなので、「だいぶ落ちる映画に思えたのかもしれないなあ」と感じた事があった。

 

次回は、私が子供の頃読んだ「ヴィイ」をはじめとする恐怖のロシア怪談文学体験について書きたいと思う。続く



図版1「エド・ウッド」DVDヴェナ ビスタ ホーム エンターティメント
図版2「エド・ウッド 史上最低の映画監督」著者:ルドルフ・グレイ 
訳:稲葉紀子1995年 早川書房 

 

プロフィール

本田 未禧 (ほんだ・みき)

イラストレーター
学習院大学文学部史学科卒業。デザイン会社「アール・プロジェ」やアニメーション製作会社「シャフト」で働く。

1990年テレビ東京「水木しげるスペシャル」のアニメ美術を担当。1994年キャノンカレンダーコンテスト入賞。日本図書設計家協会に入会。
2004年アニメーション研究同人誌「シネマテック」発行。2006年「JA通信」のイラストを描く。2010年洋泉社のムック本のイラストを描く。
2011年から「東京展」出品。2013年日本グラフィック協会に入会。「現創展」のキャラクターアート部門で金賞受賞。2014年日本図書設計家協会退会。