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映画と文学
ニコライ・ゴーゴリのヴィイーと妖婆死棺の呪い6

「妖婆・死棺の呪い」の特撮監督、アレクサンドル・プトゥシコについて

今回で、「ニコライ・ゴーゴリのヴィイと妖婆・死棺の呪い」の記事は最後であるが、特撮監督のアレクサンドル・プトゥシコについて、少し書きたい。アレクサンドル・プトウシコ(1900~1973年)は、ソ連のアニメーションや特撮映画の監督である。プトウシコは、ウクライナ生まれ。1927年にモスクワのモスフィルム撮影所に入社し、人形(パペット)アニメーション「新ガリバー」(1933年)や「ピノキオの冒険」を翻案した「黄金の鍵」(1938年)など多くのアニメーションを制作した。私は残念ながらそれらの作品を見てないが、戦後すぐに作られた「石の花」(1946年以降、DVDが発売されている作品をいくつか見た。


「石の花」は、ドイツから押収したアグファ・フィルムを使った映画で、ソ連で最初のカラー作品である。これはウラル地方の民話をもとにした童話集「孔雀石の小箱」を原作とするファンタジックな作品で、パーヴェル・バジョフ(1879~1950)の原作も優れているし、民話的な内容がプトウシコの作風と合っている事もあって良い映画だと思う。続いてプトウシコは、「虹の世界のサトコ」(1952年)「豪勇イリヤ巨竜と魔王征服」(1956年)などの英雄神話を題材とした映画を撮った。

 

これらの作品はセットが豪華で、エキストラの数も信じられないほど多いし、衣装や歌がエキゾチックで、踊りも素晴らしく、本当に見て良かったと思う。「豪勇イリヤ」で魔人・ソロベイが風を起こし、キエフ大公ウラジミールの宮殿のテーブルクロスや人が飛ばされるシーンの特撮はすごいし、イリヤの恋人・ワシリーサが歌を歌いながら、魔法の布を作るシーンでの周りの動物達の動きなどは実写ながらディズニーのセルアニメーション映画を見ている様で、「CGがない時代にどのように動物達を動かしたのだろう」とその技術に感心した。東宝のキングギドラは、イリヤが戦う三首の火竜を参考にしたそうである。主人公はどれも正直で、心正しく、好感のもてる人物である。しかし、心の葛藤がほとんどないためか、主人公に感情移入して、その危機にハラハラしたり、ほっとしたりなど、物語にぐいぐい引き込まれると言う事はなく、つい客観的に見てしまう。それは脚本のせいもあるだろうし、演技が、映画的というより演劇的で、リアリズムが希薄なためもあるだろう。また、旧ソ連の映画界独特の事情もあるのかもしれない。軽く、気楽に見る事ができるが、映画としてはやはり演出力が弱い気がする。豪華な画面だけに少し残念である。

 

私は他に「サルタン王物語(1966年)や最後の監督作品「ルスランとリュドミラ」(1968年)も見たが、私が見た中で、心理が描かれていて一番映画としての魅力があると思ったのは「石の花」で、美しい海の王女やインドの王宮、海底の世界が描かれていて画面的に楽しかったのは「虹の世界のサトコ」であった。

 

 

「石の花」DVD 発売元:シェイディーパス 販売元:パステル・エンターテイメント株式会社 「石の花」著者:パーヴェル・バジヨフ 訳:江上修代 画:芦川雄二 新読書社 

図版1 「石の花」DVD 発売元:シェイディーパス 販売元:パステル・エンターテイメント株式会社 「石の花」著者:パーヴェル・バジヨフ 訳:江上修代 画:芦川雄二 新読書社 

 

「イリヤ・ムウロメツ」著者:筒井康隆 絵:手塚治虫 1985年 講談社「虹の世界のサトコ」DVD輸入:発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー

図版2  「イリヤ・ムウロメツ」著者:筒井康隆 絵:手塚治虫 1985年 講談社 筒井氏がなぜこのような本を出したのか、プトゥシコの映画のフアンなのだろうか?小説だけでなく筒井氏と手塚氏の映画についての対談や解説を載せて欲しかった。 「虹の世界のサトコ」DVD輸入:発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー

 

  • 映画「妖婆・死棺の呪い」の感想

「妖婆・死棺の呪い」(1967年 ソ連)は、日本では、アテネフランセ文化センターで1985年1月18日から公開された。この連載の1回目で、三百人劇場で見た時の山田宏一氏の感想を引用したが、最初の出会いが劇場だった人が羨ましい。私がこの映画を見たのは、90年代に新宿のレンタル店で、ビデオを借りた時だった。その第一印象は、怪奇映画にしては、ユーモラスな面が強く、全体の雰囲気になんとなく違和感を感じたのだった。全く予備知識無く見たら、そのように感じなかったと思うが、連載の2回目に書いた様に、小学生の頃、原作を子供向けに翻案した「妖女・死人の家」というロシアの怪奇文学を収録した本を読み、強い恐怖感を味わっていたため、無意識にシリアスで耽美的なホラー映画を期待したのかもしれない。

 

しかし、ゴーゴリの原作を読み、DVDになった「妖婆・死棺の呪い」を見直すと、かなり原作に忠実に作られている事が解る。やはり、私が幼なかったため、原作のユーモラスな面に気付いていなかったのである。とはいえ、「妖婆・死棺の呪い」は、当時の特撮映画としては、一流であるが、映画作品としては、少々弱い感じがする。
この映画は、映画学校の卒業制作として、コンスタン・エルショフグレゴリー・クロバチェフという二人の監督によって作られ、アレクサンドル・プトウシコは、特撮と総監督を務めた。場面を順を追って見て行くと、最初のタイトルが出る場面では、廃屋の壁に揺れる蜘蛛の巣の場面が続くので少し単調で、オープニングは大切なので、何か工夫が欲しかった。

 

続いて神学校の校長が、学生に夏休みの注意を述べるシーンでは、学生達の不真面目ぶりが描かれている。学生達が味見と称して売り物のパンなどを食べてしまうので、学生を見ると売り子達が逃げ出すが、この辺は映画を見ただけではわかりにくいかもしれない。歩いて実家に向かうホマーと2人の学生達。彼らは日が暮れて老婆の家に泊めてもらうが、夜寝ていると老婆がホマーの部屋に入ってくる。ここから老婆がホマーの背に乗り、夜空を飛ぶシーンはかなりコミカルに描かれていて、私がまず違和感を感じたのは、このあたりのようだ。確かにホマーは最初、老婆が色気を出して近づいて来たと勘違いした。原作にもそういうセリフがあるが、それは、すぐに恐怖感へと変わり、続いて神秘的で美しい風景が展開し、ホマーは悩ましく、甘美な感覚を味わう。映画は、地面が回り、夜空を飛ぶ時の特撮がよくできているが、夜の自然の美しさや妖精が出て来るような神秘的な場面は無く、単なる風景描写となっていて、ホマーの心理や耽美的なムードに力を入れてないので残念だ。ホマーが老婆を殴っていると美しい娘に変わるシーンでは、美女が老婆がつけている布のかぶりものをしているので、せっかくの美貌がそこなわれてもったいない。老婆が美女に変わったという事を表しているのだろうがカットが説明的すぎると思う。やはり豊かな髪を振り乱した美女が横たわっていることで、ホマーが不思議な感情に襲われたという心理を優先して欲しかった。

 

神学校に戻ったホマーを百人長の使いのコサック達が迎えに来て、村に着くシーンは、馬車と言い、百人長や村人達の顔立ち、服装、村の建物、古い木作りの教会など申し分ない。ただ、明け方、夕暮れ、夜などは、鶏やフクロウなどの泣き声で表現しているけれど、いつも薄曇り状態で、風景による変化が感じられない。陽が沈み始める頃、娘の棺は教会に運ばれるが、ここに夕暮れの風景と葬式の行列、村人達の歌声が重なったら、かなり心を打つ神秘的なシーンとなっただろうし、ホマーが娘の祈祷を終え、明け方に教会から出る時、そこに夜が明けたばかりでまだ周囲が薄暗い風景があれば、見ている方も画面から朝の冷気を感じたのではないだろうか。
娘の死体が立ちあがってホマーが描いた環の周りを、回るシーンは怖さもあるが、ホマーと娘の演技がコミカルである。私は原作からもっとシリアスな怖いシーンを期待していた。


村人達がホマーに猟犬番のミキータがお嬢さんに誘惑された話をするが、その事で死に至ったことまでは話していないし、おかみさんや赤ちゃんを噛殺したり、血を吸った話も無いので、そこまで獣のような悪魔的な恐ろしさが出ていないのである。
しかし、魔女を演じたナターリア・ヴァルレイホマーを演じたレオニード・クラヴレフは、原作のイメージにぴったりで、演技も素晴らしい。特にナターリア・ヴァルレイの美貌とまるで環の周りにガラスの壁があるように動き回るパントマイム的な演技がすごい。


レオニード・クラヴレフも、恐ろしい思いをして祈祷しなければいけないので、ヤケになって、歌ったり、踊りまくるシーンがあるが、とても上手なので感心した。さすがにソ連の役者は一流である。3日目の夜に登場する妖怪たちも暗黒舞踏の様でいい演技をしている。やはりプトウシコが特撮を担当しただけに娘を乗せた棺桶が教会の中を飛び回るシーンは圧巻だった。私は、特撮も役者の演技も素晴らしいし、脚本も忠実に作ってあると思うが、ストーリーを追うだけになっている所もあるので、もう少し映画的な感動が欲しかった。ゴーゴリの原作は、多少カリカチュアしてあるが、神学校の学生や村人達の写実的な生活とその陽気で牧歌的な情景の奥に、潜む血も凍るような恐怖の両方が描かれていると思う。

 

例えば同じ67年に「吸血鬼」、翌年の68年に「ローズマリーの赤ちゃん」を撮ったロマン・ポランスキーや超自然的な描写を得意とするアンドレイ・タルコフスキーが撮っていたらもっと深い感動的な映画になっていたのではないだろうか。とはいえ、映画学校の卒業制作としてはとてもレベルの高い作品であって、原作が良いので、ついそれ以上のものを望んでしまうのは欲張りなのだろうか。この連載をしている最中に調べていたら「ヴィイ」を児童向けに翻案した「魔女のひつぎ」という本が青い鳥文庫(講談社)から出ている事がわかった。最初にタイトルについて書いたが、これは「妖婆・死棺の呪い」のようなインパクトはないけれど無難なタイトルであろう。ロシアは、キリスト教徒(正教)が多いが、西欧世界ほどキリスト教によってアミニズム的な感性が破壊されていない気がする。そのために人々の心の中には自然崇拝的な世界が息づいていて、それがゴーゴリをはじめとするロシアの幻想文学やタルコフスキーやプトウシコの映画に反映されているようである。これからもそういった世界に触れていきたいと考えている。

 

「妖婆・死棺の呪い」DVD

図版3「妖婆・死棺の呪い」DVDジャケット

 

 

プロフィール

本田 未禧 (ほんだ・みき)

イラストレーター
学習院大学文学部史学科卒業。デザイン会社「アール・プロジェ」やアニメーション製作会社「シャフト」で働く。

1990年テレビ東京「水木しげるスペシャル」のアニメ美術を担当。1994年キャノンカレンダーコンテスト入賞。日本図書設計家協会に入会。
2004年アニメーション研究同人誌「シネマテック」発行。2006年「JA通信」のイラストを描く。2010年洋泉社のムック本のイラストを描く。
2011年から「東京展」出品。2013年日本グラフィック協会に入会。「現創展」のキャラクターアート部門で金賞受賞。2014年日本図書設計家協会退会。